そこに私はいません

SNSの世界では「お墓参りに行きました」というお盆期間中ならではの投稿が氾濫しています。

何故でしょうか?

オフラインの世界において、お墓参りに行った事を知り合いに報告するでしょうか?

もちろん仲のいい一部の知り合いには報告するかも知れませんが、全ての知り合いにはしないと思います。

お墓参りの頻度が多い人、例えば毎月一回、あるいは1年に7回以上お墓参りをしている人は、SNS、オフラインどちらの世界でもいちいち報告したりしないと思います。なぜならお墓参りが特別なことではないから。

どうしてもお盆期間中に投稿したいのであればお墓参りに行った報告よりも、「私はお墓参りには一生行きません」や、「墓仕舞いは大変でした」という投稿の方がインパクトがありフォロワーの記憶に残ると思いますし、そこから何かを考えるきっかけを人に与えることになるかもしれません。つまりは誰かの役に立つ投稿と言えるのです。

「戦争をしらずに僕らは育った」が流れるお盆
戦争を知らずに育った僕らの子供たち(←ココニワタシハイマス)
戦争を知らずに育った僕らの子供たちの子供たち(←ワタシハマダイルトオモイマス)
戦争を知らずに育った僕らの子供たちの子供たちの子供たち(←タブンワタシハイマセン)の時代のお墓参りを考えると、これまでの常識はほとんど通用しなくなるんだろうなと、お墓に手を合わせつつ思いました。

コロナと猛暑のお盆の中、一応健康でお墓参りに行ける事に感じる「幸せ」や、汗を拭きながら暑い暑いと文句を言いつつ、お墓掃除をすることで得られる喜びにも似た「充実感」などは、タブンワタシハイマセン時代の人達は感じなくなっているでしょう。何故なら彼らの「幸せ」や「充実感」をココニワタシハイマス世代の人達がお墓の中へ封印するからです。そして魂で伝えるのです。お墓参りはしなくていいよと。ことあるごとに思い出してくれる事が、遠いお墓へ行く事よりも、汗を拭きながらのお墓掃除よりもよっぽど意味があることを。